「大丈夫です」の一言が、後で大きなミスになる

営業の会社にいたころ、新しく入ったメンバーに一日の終わりに「困ったことなかったですか?」と声をかけたとき、返ってくる言葉のほとんどは、
「大丈夫です」
「特に問題なかったです」
本人がそういうならそうなんだろうと安心して、次の仕事を任せていました。
ところが数日後、その人が担当していた案件で、初歩的な確認漏れが立て続けに起きていたことが分かります。
本人に事情を聞くと、返ってきたのはこの一言でした。
手順通りにやったんですけど…
悪びれるでもなく、本当に不思議そうな顔をしていました。
当時の私はこの状況に、
わからなかったけど聞きにくかったのかな。
まぁ聞きにくい気持ちはわかる。
でも今ならわかります。
当時、この人は、本当に困っていなかったのです。
正確に言うと、「自分が間違っている」と思っていなかった。
手順を自分なりに解釈して、その通りに進めていた。
本人の中では、すべて順調だった。
だから「困ったことなかった?」と聞かれれば、「大丈夫です」と答えます。
嘘でも遠慮でもなく、それがその人にとっての本音だったわけです。
ここに、ヒアリングの一番むずかしい問題があります。
新人が本音を言わないのではありません。
本人にも見えていないズレを、感想を聞く質問で拾おうとしていること自体に無理があるのです。
では、どうすればいいのか。
聞くべきは感想ではなく、行動の事実です。
- どの作業で手が止まったのか
- そのとき何秒くらい迷ったのか
- 手順のどこを、どう解釈して進めたのか
本人が「順調だった」と思っている作業でも、行動を一つずつ確認していけば、思い込みで飛ばしていた場所や、独自解釈していた場所が必ず出てきます。
わたしがあのとき「手順の2番から3番に移るとき、何を見て判断した?」と聞いていれば、確認漏れは起きる前に防げたはずです。
この記事では、新人・OJT担当者・現場リーダーの3方向から、そのまま使える”行動ベースの質問テンプレ”をまとめました。
会話例もつけているので、明日のヒアリングからそのまま使えます。
第1章|なぜ「感想」を聞くと、研修がぼやけるのか
ヒアリングで集まる情報には、大きく分けて「感想」と「行動の事実」の2種類があります。
そして、研修の材料になるのは行動の事実だけです。
感想をどれだけ集めても、研修の中身は決まりません。
この章では、その理由と、私が実際のヒアリングで何を聞いているのかをお伝えします。
感想は、聞いた人の数だけ違う答えが返ってくる
研修担当者が現場にヒアリングをすると、こんな声が集まります。
- 新人の覚えが悪い
- コミュニケーションが弱い
- ミスが減らない
一見すると、課題がはっきり見えたように感じます。
しかし、この情報だけで研修を組もうとすると、必ず手が止まります。
なぜなら、これらはすべて「感想」だからです。
たとえば「覚えが悪い」。
この一言の中身を分解すると、こうなります。
- 手順そのものを記憶できていない
- 手順は覚えたが、意味を理解していない
- 理解はしているが、判断ができない
- 判断はできるが、緊張で動けない
- 動けないときに、周りに聞けない
同じ「覚えが悪い」でも、原因はまったくの別物です。
そして原因が違えば、研修で扱う内容も、使う手法も、全部変わります。
記憶の問題なら手順書とチェックリストの話です。
判断の問題ならケーススタディが必要です。
聞けない問題なら、そもそも研修より声かけのルールを整えるほうが早い。
つまり、感想を材料に研修を設計しようとすると、どの原因にも当たらない、当たり障りのない研修ができあがります。
「一応やった」で終わる研修の正体は、たいていここにあります。
事実は、誰が聞いても同じ答えになる
では、何を集めればいいのか。答えは行動の事実です。
先ほどの「覚えが悪い」を、行動の事実に置き換えると、こうなります。
| 感想(ぼやける) | 行動の事実(指させる) |
|---|---|
| 覚えが悪い | マニュアル5ページ目のチェック欄を、毎回読み飛ばしている |
| 覚えが悪い | 手順2から手順3に移るとき、毎回15〜30秒手が止まる |
| 覚えが悪い | 電話の名乗りで、3秒以上の沈黙が入る |
| 覚えが悪い | 判断に迷ったとき、声をかけるまでに2〜3分かかっている |
右側を見てください。研修で何をすればいいか、もう決まっています。
- 読み飛ばし → チェック欄の位置と意味を、実物を使って確認する
- 手順2→3の停止 → 移行の判断基準を明文化する
- 名乗りの沈黙 → 声に出す練習を反復する
- 声かけの遅れ → 「迷ったら30秒で聞く」というルールを作る
行動の事実まで落とすと、研修内容を考える必要がなくなります。
事実のほうが、やるべきことを教えてくれるからです。
テンツキの考え方:「困ってる?」ではなく「何をした?」
ここまでをまとめると、ヒアリングの原則は一つです。
「困ってる?」「難しかった?」「どうだった?」——これらはすべて、相手の頭の中(=感想)を尋ねる質問です。
頭の中を聞く質問には、二つの弱点があります。
- 弱点①:本人が自覚していないことは、出てこない
-
冒頭の「手順通りにやったんですけど…」がこれです。本人が順調だと思っている以上、何を聞いても「大丈夫」しか返ってきません。
- 弱点②:答える側が、答えを作ってしまう
-
「難しかった?」と聞かれた新人は、その場で「難しかった理由」を考え始めます。実際に起きたことではなく、質問に合わせた”それらしい答え”が出てくる。これでは研修の材料になりません。
一方、「何をしたか」を聞く質問は違います。
- どの作業で手が止まりましたか
- そのとき、何を見て判断しましたか
- 声をかけるまで、どれくらい時間がかかりましたか
起きたことを思い出すだけなので、答えに主観が混ざりません。
そして本人が「順調だった」と思い込んでいる作業からも、ズレがそのまま出てきます。
新人が本音を言わないのではありません。わたしたちが、本音の出ない質問をしていただけです。
第2章|3方向から聞くと、「見えないズレ」が浮かび上がる

ヒアリングは、新人だけに聞いても足りません。
かといって、OJT担当者や現場リーダーに聞けば正解が出てくるわけでもありません。
3方向から聞いて、その答えを重ねたときに初めて見えるものがあります。
それが「ズレ」です。
この章では、なぜ3方向なのか、そして3者に共通する質問の型をお伝えします。
一人に聞いても、その人に見えている景色しか出てこない
冒頭の「手順通りにやったんですけど…」を思い出してください。
あのとき、本人にはズレが見えていませんでした。
では、教えていた方には見えていたのか。
実は、こちらも見えていません。
教えていた方は「ちゃんと教えたつもり」だったからです。
教えた側は「伝えたつもり」、教わった側は「理解したつもり」。
どちらも嘘をついていないし、どちらも悪くありません。
それぞれの立場から見える景色を、正直に話しているだけです。
だからこそ、片方だけに聞いても真実にはたどり着けません。
- 新人にだけ聞く → 本人が気づいていないズレは出てこない
- OJT担当者にだけ聞く → 「教えたつもり」の中身は検証されない
- リーダーにだけ聞く → 現場の細部は見えていない
3者の証言を並べて、食い違っている場所こそが、研修で扱うべき本当の課題です。
たとえば、こんなふうに食い違います。
| 聞く相手 | 出てくる答え |
|---|---|
| 新人 | 「手順3は、先輩から特に何も言われていません」 |
| OJT担当者 | 「手順3が一番大事だと、最初に伝えてあります」 |
| リーダー | 「手順3のミスが、月に何件か上がってきます」 |
3人ともが正直に答えています。それでも、答えは食い違う。
この食い違いの正体を突き止めることが、ヒアリングの目的です。
「新人の理解力の問題」でも「OJT担当者の教え方の問題」でもなく、伝達の仕組みのどこかに穴が空いている——そう考えられるようになります。
3者に共通する、質問の3ステップ
3方向とはいえ、質問の組み立て方は共通です。どの相手にも、この順番で聞きます。
現場でどんな行動が止まったのかを、事実として拾います。
本人自身が、どの場面で手間や迷いを感じているかを聞きます。
「そのはずだったのに、違った」という経験を拾います。ここに、仕組みの穴が現れます。
この順番には理由があります。
いきなり自分の話から聞かないからです。
「あなたはどこで困っていますか」と最初に聞かれると、人は身構えます。
とくにOJT担当者やリーダーは、「教え方が悪いと思われている」と受け取ってしまいます。
この順番だけで、相手の口の重さがまるで変わります。
3者で「聞くべき中身」はこう変わる
型は同じでも、それぞれの立場から見えているものは違います。3者に何を期待するのかを整理しておきます。
| 相手 | この人にしか見えないもの |
|---|---|
| 新人 | つまずいた瞬間の手触り。何秒止まったか、何を見て判断したか |
| OJT担当者 | 説明しても伝わらない場所。教える側の負担が集中する工程 |
| 現場リーダー | 業務全体の流れが止まる場所。ミスが繰り返し発生する箇所 |
この3つが揃うと、課題が立体的になります。
- 新人が止まった場所と、リーダーが把握しているミス多発箇所が一致すれば
-
→ 個人ではなく仕組みの問題
- OJT担当者が「伝えた」と言い、新人が「聞いていない」と言う場所が食い違えば
-
→ 伝達方法の問題
課題を「誰のせいか」ではなく「どこに穴があるか」で捉えられるようになる。
これが、3方向ヒアリングの一番の価値です。
第3章|新人ヒアリング|「順調です」の中から、止まった瞬間を拾う

新人へのヒアリングで一番難しいのは、本人に自覚がないことです。
嘘をついているわけでも、遠慮しているわけでもありません。
本人の中では「ちゃんとやった」からこそ、「大丈夫です」と答えます。
この章では、自覚のない新人からでも行動の事実を引き出す質問と、実際の会話例を紹介します。
ステップ①|まず「できたこと」から聞く
いきなり「どこでつまずいた?」と聞かない、というのが最初のルールです。
新人にとって、つまずきの話は「できていない自分」を認める話です。
最初にこれを聞かれると、防御の姿勢に入ります。
そうなると、あとは何を聞いても本音は出てきません。
そこで、最初はできたことから聞きます。
- 質問テンプレ
-
- 今日いちばんスムーズにできた作業はどれですか
- 「少し慣れてきたかも」と感じた場面はありましたか
- 先週より早くできるようになった作業はありますか
- なぜこれが効くのか
-
答えやすい質問から入ることで、「この人には話しても大丈夫だ」という空気ができます。話す口が温まった状態を作ってから、本題に入る——それだけの意味です。
ただし、ここで終わってはいけません。できたことの話は、あくまで助走です。
ステップ②|「止まった瞬間」を、事実として聞く
ここが本題です。
聞くのは「難しかったか」ではなく、「どこで手が止まったか」です。
この違いが、第1章でお伝えした「頭の中ではなく、身体が何をしたかを聞く」ということです。
- 質問テンプレ
-
- どの作業で、手が止まりましたか
- そのとき、何秒くらい迷いましたか
- 迷ったとき、何を見て判断しましたか
- 先輩に聞こうと思ってから、実際に声をかけるまでどれくらいかかりましたか
- もう一度同じ作業をやるなら、どこを変えますか
- なぜこれが効くのか
-
「難しかった?」と聞かれた新人は、その場で”それらしい答え”を作ります。
「まあ、ちょっと難しかったです」——この答えからは何も分かりません。一方、「どこで手が止まった?」は、思い出すだけで答えられます。
答えを作る余地がないので、事実がそのまま出てきます。そして重要なのは、本人が「順調だった」と思っている作業でも、手は止まっているということです。
止まった事実さえ拾えれば、本人の自覚は必要ありません。
ステップ③|「何を見て、そう判断したか」を聞く
冒頭の「手順通りにやったんですけど…」を防ぐのが、このステップです。
本人は手順通りにやったつもりでいます。
ということは、手順の解釈がズレているわけです。
ここを掘るには、判断の根拠を聞くしかありません。
- 質問テンプレ
-
- 手順2から手順3に移るとき、何を確認してから進みましたか
- その作業、どうやって「これで完了だ」と判断しましたか
- マニュアルのどこを見ながら進めましたか
- 自分なりに工夫している手順はありますか
- なぜこれが効くのか
-
最後の「自分なりに工夫している手順はありますか」は、特に有効です。
**新人は、独自解釈を「工夫」だと思っています。**だから「工夫は?」と聞かれると、隠さず話してくれます。そしてその工夫の中に、たいてい手順の抜けが混ざっています。
「間違っていませんか」と聞けば隠されますが、「工夫は」と聞けば出てきます。同じことを聞いているのに、答えがまるで変わります。
そのまま使える|新人ヒアリングの会話例
質問リストだけでは、実際の場面で使いにくいと思います。
5分程度でできる会話の流れを載せておきます。
担当者:お疲れさま。今日いちばんスムーズにできた作業ってどれだった?
新人:えっと、伝票の入力は、だいぶ慣れてきた気がします。
担当者:おお、いいね。先週は時間かかってたもんね。
じゃあ逆に、今日ちょっとでも手が止まった場面ってあった?
一瞬でもいいんだけど。
新人:うーん、特に問題なかったと思います。
担当者:そっか。じゃあ聞き方を変えるね。
今日の作業を最初から順番に思い出してみて。
伝票を受け取ってから、入力を終えるまでで、いちばん時間がかかったのはどのあたり?
新人:……あ、区分のところは、ちょっと見返しました。
担当者:区分ね。
どれくらい見返した? 感覚でいいよ。
新人:20秒くらいかな…。毎回ちょっと迷います。
担当者:なるほど。
そのとき、何を見て「これだ」って決めてる?。
新人:マニュアルの表を見て、近いやつを選んでます。
担当者:近いやつ、っていうのは?
新人:ぴったり当てはまるのがないときは、いちばん近そうなのを選んでます。
それでいいんですよね?。
この会話で起きたこと
「特に問題なかった」と答えた新人から、区分判断のルールが理解されていないという事実が出てきました。
ポイントは3つです。
- 「問題なかった」で終わらせず、聞き方を変えた — 「困った?」ではなく「時間がかかったのはどこ?」に切り替えた
- 秒数を聞いた — 「毎回20秒迷う」という事実が確定した
- 判断の根拠まで掘った — 「近そうなのを選ぶ」という独自解釈が出てきた
この新人は、明日も「大丈夫です」と答えるはずです。
本人にとっては大丈夫だからです。
質問を変えなければ、このズレは永久に見つかりません。
第4章|OJT担当者ヒアリング|「教え方の話」にしない聞き方

OJT担当者へのヒアリングは、新人より難しいことがあります。
理由は、新人とは正反対です。
新人は自覚がないから話せません。
OJT担当者は、自覚があるから話さないのです。
「教え方が下手だと思われる」「自分の責任にされる」
この警戒心を解かないかぎり、返ってくるのは「特に問題ありません」だけです。
この章では、OJT担当者から本音を引き出す質問の順番と、会話例を紹介します。
「教え方はどうですか」と聞いた瞬間、話は終わる
わたしが過去にやってしまった失敗が、これです。
よかれと思って、OJT担当者にこう聞きました。
教えるうえで、困っていることはありますか?
返ってきたのは「教え方自体は大丈夫です、問題ないです」。
当然です。
この質問は、相手にとって「あなたの教え方に問題はありますか」と聞かれているのと同じ**だからです。「はい、あります」と答えられる人はいません。
OJT担当者は、通常業務を抱えたまま育成を任されています。
それだけでも負荷が高いのに、そのうえ「教え方に問題があるのでは」と疑われていると感じたら、口を閉ざすのが自然です。
ここで必要なのは、質問を変えることではなく、質問の順番を変えることでした。
ステップ①|新人の話から入る(自分の話にしない)
最初に聞くのは、OJT担当者自身のことではなく、新人のことです。
これなら、OJT担当者は「観察者」として答えられます。
自分が評価される立場ではないので、口が軽くなります。
- 質問テンプレ
-
- 新人が一番苦戦している作業はどれですか
- 説明しても伝わりにくいと感じる場面はどこですか
- 新人が質問してこない工程はどこですか
- 何度言っても同じところで間違える、という手順はありますか
- なぜこれが効くのか
-
OJT担当者は、新人のつまずきを**毎日そばで見ています。
新人本人より正確に把握していることも多い。そして「説明しても伝わりにくい場面」を答えてもらうと、それはそのまま「教える側にとって説明が難しい工程」でもあります。
新人の話をしているつもりで、実は仕組みの穴を話してくれている。これが狙いです。
ステップ②|負担を「時間」で聞く(能力の話にしない)
新人の話で口が温まったら、OJT担当者自身の話に移ります。
ただし、ここでも「困っていますか」とは聞きません。
聞くのは時間です。
- 質問テンプレ
-
- 説明に一番時間がかかる工程はどこですか
- 一日のうち、どのタイミングで育成の時間が取れなくなりますか
- 同じ質問を何度も受ける作業はありますか
- 「ここは研修でやってもらえたら助かる」という内容はありますか
- なぜこれが効くのか
-
「困っていますか」は能力の話です。「時間がかかりますか」は業務量の話です。
同じことを聞いていても、後者なら答えても自分の評価は下がりません。
むしろ「忙しい」という正当な主張になるので、進んで話してくれます。そして「説明に時間がかかる工程」は、たいていマニュアルが不十分な工程です。
個人の教え方の問題ではなく、仕組みの問題として浮かび上がります。
最後の「研修でやってもらえたら助かる内容」は、そのまま研修テーマの候補になります。
現場が求めているものを、現場に言ってもらう。
これ以上確実な材料はありません。
ステップ③|「伝えたつもり」が外れた瞬間を聞く
最後に、第2章で触れた「ズレ」を拾います。
- 質問テンプレ
-
- 「理解しているはず」と思っていたのに、違っていた場面はありますか
- 新人によって、反応が大きく変わる説明はありますか
- 教えた通りにやっていない、と感じた作業はありますか
- 自分が教わったときと、今の手順で変わっている部分はありますか
- なぜこれが効くのか
-
「伝えたつもりが外れた瞬間」は、OJT担当者にとって失敗談ではなく、意外な出来事として記憶されています。だから話しやすい。
そして最後の質問は、意外と大きな発見につながります。
OJT担当者自身が、古い手順のまま教えていることがあるからです。
この場合、新人のミスは新人のせいでも教え方のせいでもなく、手順書が更新されていないという仕組みの問題です。
そのまま使える|OJT担当者ヒアリングの会話例
担当者:お疲れさまです。ちょっと新人の育成状況を教えてほしくて。新人が一番苦戦してる作業って、どのあたりですか?
OJT担当者:うーん、伝票の区分けですかね。あそこは何回か聞かれました。
担当者:区分けか。説明しても伝わりにくい感じですか?
OJT担当者:伝わってはいると思うんですけど、たまに変な区分が入ってるので、うーん、という感じで。
担当者:なるほど。ちなみにあの工程、説明にどれくらい時間かかります?
OJT担当者:ちゃんとやると15分くらいですかね。ただ、忙しい日は「マニュアル見といて」で終わらせちゃうこともあります。
担当者:あー、それはしょうがないですよね。同じ質問を何度も受けることってあります?
OJT担当者:区分は多いです。「これどっちですか」って毎回聞かれるので。
担当者:じゃあ、「理解してるはず」と思ってたのに違ってた、みたいな場面ってありました?
OJT担当者:あります。ぴったり当てはまらないときは確認して、って言ったつもりだったんですけど、勝手に近いやつ選んでたみたいで。えっ、そこ自己判断してたの? と思いました。
この会話で起きたこと
新人の章の会話例と、同じ場所で証言が食い違いました。
| 相手 | 証言 |
|---|---|
| 新人 | 「近そうなのを選んでいます。それでいいんですよね?」 |
| OJT担当者 | 「迷ったら確認して、と伝えたつもりでした」 |
どちらも嘘をついていません。それでも食い違う。
そして会話の中に、原因のヒントが出ています。
「忙しい日はマニュアル見といて、で終わらせちゃう」——ここです。
つまりこれは、
- 新人の理解力の問題ではない
- OJT担当者の教え方の問題でもない
- 「忙しいと説明が省略される」という、仕組みの問題
研修で扱うべきは「区分の判断基準を、口頭説明なしでも伝わる形にすること」だと決まりました。
個人を責める話が、一つも出てこない。
これが3方向ヒアリングの効果です。
第5章|現場リーダーヒアリング|「一人の問題」か「全員の問題」かを見分ける

新人とOJT担当者へのヒアリングで、課題は具体的に見えてきます。
ただ、この時点ではまだ分からないことがあります。
それは、その新人だけの問題なのか、全員に起きている問題なのかということです。
ここを見分けられるのは、現場リーダーだけです。
この章では、リーダーから「頻度」と「範囲」を引き出す質問を紹介します。
リーダーに聞くべきは、細部ではなく「繰り返し」
リーダーは、新人の一挙一動までは見ていません。
だから「新人が何秒迷ったか」を聞いても答えられません。
その代わり、リーダーは同じ問題が何度も上がってくるのを見ています。
- 誰が担当しても、同じ工程でミスが出る
- 毎月、同じ種類の手戻りが発生する
- 新人が変わっても、質問される場所は変わらない
この「繰り返し」こそが、リーダーにしか見えない情報です。
そして、ここに研修の優先順位を決める鍵があります。
一人の新人だけが止まっている工程なら、その人への個別フォローで足ります。
しかし、誰がやっても止まる工程なら、それは研修で扱うべき課題です。
限られた研修時間をどこに使うか——その判断材料が、リーダーの証言です。
ステップ①|業務が止まる場所を聞く
まず、業務の流れが止まる場所を特定します。
- 質問テンプレ
-
- どの工程で、業務の流れが止まることが多いですか
- 手戻りが発生するのは、どのタイミングですか
- 新人が変わっても、同じところでつまずいていますか
- 月にどれくらいの頻度で起きていますか
- なぜこれが効くのか
-
最後の2つが重要です。
「新人が変わっても同じか」——これで、個人の問題か仕組みの問題かが分かれます。人が変わっても起きるなら、原因は人ではありません。
「月にどれくらいか」——これで、研修で扱う優先度が決まります。年に1回のミスと、週に3回のミスでは、投資すべき時間がまったく違います。
頻度を聞かずに研修テーマを決めると、たまにしか起きない問題に時間を使うことになります。
ステップ②|リーダー自身の判断負荷を聞く
次に、リーダー自身がどこで手を取られているかを聞きます。
- 質問テンプレ
-
- 判断を求められることが多い工程はどこですか
- 「これ、どうしますか」と聞かれる回数が多い場面はありますか
- 自分が確認しないと進まない作業はありますか
- 現場で「ここは整っていない」と感じる部分はどこですか
- なぜこれが効くのか
-
リーダーに判断を求める回数が多い工程は、判断基準が明文化されていない工程です。
現場が判断できないから、リーダーに聞く。リーダーが答える。しかしその判断基準はリーダーの頭の中にしかないので、次も同じことが起きる。この繰り返しが、リーダーの時間を削っています。
「リーダーが忙しい」の正体は、たいてい判断基準の不在です。そしてこれは、研修とマニュアルで解決できる問題です。
ステップ③|チーム内の認識ズレを聞く
最後に、チーム全体で基準が揃っているかを確認します。
- 質問テンプレ
-
- 教える人によって、説明が違っている工程はありますか
- 判断基準が人によってズレていると感じる場面はどこですか
- 「言った・言っていない」が起きやすい工程はどこですか
- ベテランが自己流でやっている作業はありますか
- なぜこれが効くのか
-
最後の質問が、意外な発見を生みます。
**ベテランほど、手順書から離れた自己流を持っています。**そしてOJT担当者は、その自己流を新人に教えている場合があります。
こうなると、新人は「教わった通りにやった」のに、手順書とは違うことをしている。誰も悪くないのに、ミスだけが起きる——という状態になります。
そのまま使える|現場リーダーヒアリングの会話例
担当者:お疲れさまです。研修の内容を決めたくて、現場で繰り返し起きてることを教えてほしいんですが。
リーダー:繰り返しですか。まあ、伝票の区分ミスは定期的に上がってきますね。
担当者:区分ですか。どれくらいの頻度で?
リーダー:月に3、4件は差し戻しになってると思います。
担当者:それって、今の新人だけの話ですか? それとも前からですか?
リーダー:いや、前からです。去年の子も同じところで引っかかってました。
担当者:新人が変わっても同じところなんですね。ちなみにベテランの方は?
リーダー:ベテランは間違えないですね。ただ、あの人たちは判断基準を体で覚えてるので、聞いても「なんとなく分かる」としか言わないんですよ。
担当者:じゃあ、区分で迷ったとき、リーダーに聞かれることもあります?
リーダー:ありますね。「これどっちですか」って。まあ、答えるのは一瞬なんですけど、週に何回かは聞かれます。
この会話で起きたこと
これで、3者の証言が揃いました。
| 相手 | 証言 |
|---|---|
| 新人 | 「ぴったり当てはまらないときは、近そうなのを選んでいます」 |
| OJT担当者 | 「迷ったら確認して、と伝えたつもりでした。忙しい日はマニュアルを見といて、で終わらせることもあります」 |
| リーダー | 「区分ミスは月3〜4件。新人が変わっても同じ。ベテランは体で覚えていて、言葉で説明できない」 |
3人の証言を重ねると、問題の正体がはっきりします。
区分の判断基準が、どこにも明文化されていない。
- ベテランの頭の中にはある。しかし言語化できていない
- だからマニュアルにも書かれていない
- だからOJT担当者は口頭で補うしかない
- しかし忙しい日は、その口頭説明が省略される
- 結果、新人は自己判断するしかなくなる
- そして月3〜4件、同じミスが起き続ける
新人のミスに見えていたものは、ベテランの暗黙知が言語化されていない問題でした。
そして研修で扱うべきことも、自動的に決まります。
新人研修ではありません。ベテランへのヒアリングと、判断基準表の作成です。
ヒアリングをしなければ、間違いなく「新人向けの区分研修」をやっていたはずです。
そして来年も、同じミスが起きていたでしょう。
第6章|集めた情報を、研修に落とし込む

ヒアリングが終わると、多くの担当者が次の壁にぶつかります。
で、結局どんな研修をやればいいのか。
情報は集まった。課題も見えた。それでも研修の形にならない
これは、順番を間違えているために起こります。
この章では、集めた事実を研修に変換する4つの手順をお伝えします。
ステップ①|「何ができるようになれば成功か」を一つだけ決める
最初にやるのは、研修内容を考えることではありません。
ゴールを決めることです。
しかも、一つだけです。
ヒアリングをすると、課題はいくつも出てきます。
すべてを研修で扱いたくなりますが、そうすると一つも身につきません。
決めるのは、現場の行動として測れるゴールです。
| ぼやけたゴール | 行動として測れるゴール |
|---|---|
| 区分を理解してもらう | 区分に迷ったとき、判断表を見て30秒以内に決められる |
| ミスを減らす | 区分の差し戻しを、月3〜4件から1件以下にする |
| 報連相を強化する | 判断に迷ったら、2分以内に相談できる |
左側は、達成したかどうかを誰も判定できません。右側は、判定できます。
判定できないゴールを立てると、研修は「やって終わり」になります。
ステップ②|行動を止めている原因を、5つに分類する
ゴールが決まったら、次はなぜ今それができていないのかを分類します。
原因は、次の5つのどれかに収まります。
| 原因 | 状態 |
|---|---|
| 知識不足 | 何をすべきか知らない |
| スキル不足 | 知ってはいるが、できない |
| 判断の迷い | 判断基準が示されていない |
| 心理的な不安 | 間違えるのが怖くて動けない |
| 仕組みの問題 | そもそも業務設計に穴がある |
ここを飛ばして研修を作ると、原因と手法がズレます。
たとえば「区分ミス」。
一見すると知識不足に見えます。
しかし第5章のヒアリングで分かったのは、そもそも判断基準がどこにも存在しないという事実でした。
これは知識不足ではなく、判断の迷い+仕組みの問題です。
もし知識不足だと勘違いしたまま研修を組めば、「区分の種類を覚える座学」をやることになります。そして来年も、同じミスが起き続けます。
ステップ③|原因に合った手法を選ぶ
原因が決まれば、手法は自動的に決まります。
| 原因 | 有効な手法 |
|---|---|
| 知識不足 | 図解・チェックリスト・手順書の改善 |
| スキル不足 | ロールプレイ・実技反復・OJTとの連携 |
| 判断の迷い | 判断基準表の作成・ケーススタディ |
| 心理的な不安 | 1on1・声かけルールの明文化・成功体験の共有 |
| 仕組みの問題 | 業務フローの見直し・情報共有の整備 |
「区分ミス」の場合、原因は判断の迷いと仕組みの問題でした。したがって取るべき手法は——
ベテランへのヒアリングによる判断基準表の作成です。
新人向けの座学ではありません。そもそも研修の対象者が違っていたわけです。
手法を間違えると、どれだけ丁寧に研修をやっても行動は変わりません。
ステップ④|現場に「そのまま使える形」で渡す
最後に、研修を現場の行動につなげます。
研修の成果が出るのは、研修を受けた瞬間ではありません。
現場に戻ってからです。
だから、研修とセットで現場ツールを渡します。
- 判断基準表(迷ったときに見るもの)
- チェックリスト(抜けを防ぐもの)
- 声かけルール(迷ったら何分で誰に聞くか)
- 振り返りシート(1週間後に自分で確認するもの)
わたしが広告代理店にいたころ、研修らしい研修を受けたことがあります。
見本を1枚渡され、30分ほど放置されました。
仕方なく自己判断で仕上げましたが、それに対するフィードバックは一度もありませんでした。
何が正解だったのか、最後まで分からないままです。
研修が現場で機能しないのは、たいていこのパターンです。その場で終わり、現場に何も残らない。
判断基準表が1枚あるだけで、迷ったときに立ち返る場所ができます。研修の価値は、当日ではなく、現場に残ったもので決まります。
まとめ|質問が変われば、集まる情報が変わる
この記事の要点を整理します。
- 新人は本音を隠していない。本人にも見えていないズレは、「困ってる?」と聞いても出てこない
- 感想を聞いても、研修の中身は決まらない。必要なのは「どこで手が止まったか」という行動の事実
- 一人に聞いても、その人に見えている景色しか出てこない。新人・OJT担当者・リーダーの3方向で聞く
- 3者の証言が食い違う場所こそが、本当の課題。そしてそれは、たいてい個人ではなく仕組みの問題
- 研修は、原因に合った手法を選ばないと機能しない。そして現場に何かを残さないと、行動は変わらない
新人の「近そうなのを選んでいます」、OJT担当者の「伝えたつもりでした」、リーダーの「ベテランは体で覚えている」。
この3つが揃って、初めて「新人研修をやってはいけない」という結論にたどり着きました。
もしヒアリングをせずに研修を組んでいたら、間違いなく新人向けの区分研修をやっていたはずです。
そして来年も、同じミスが起き続けていたでしょう。
研修の成果は、研修の内容ではなく、その前のヒアリングで決まります。
明日のヒアリングから、質問を一つ変えてみてください。
「困ったことない?」ではなく、「今日いちばん時間がかかったのは、どの作業?」
それだけで、返ってくる情報がまるで変わります。
おわりに|集めた情報の整理は、ひとりで抱え込まなくて大丈夫です
ヒアリングをすると、今度は別の悩みが出てきます。
- 情報は集まったが、どう整理すればいいか分からない
- 課題が多すぎて、どれから手をつけるべきか決まらない
- 現場の声と、経営が求めていることがかみ合わない
- ベテランの暗黙知を、どう言語化すればいいか分からない
これは、担当者ひとりで抱えるには重すぎるテーマです。
組織の外にいる人間のほうが、構造は見えやすいという面もあります。
テンツキスタジオでは、「人を変える前に、設計を整える」という考え方で、研修設計と課題整理のサポートをしています。
集めた情報をどう研修に落とすか、そもそも研修が必要な課題なのか。
30分の無料オンライン相談で、一緒に整理できます。
売り込みはしません。
ヒアリングはしたけれど、この先どうすれば
そう感じたら、気軽に声をかけてください。


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