OJTのやり方|新人が最速で育つのは「教える」より「迷いを減らす」現場だった

目次

結論|OJTは「教える技術」より「迷わない状態づくり」で決まる

最初に、一番伝えたいことだけ言います。

OJTがうまくいかない職場で起きているのは、

教え方の上手い下手よりも、現場が「迷う状態」のまま放置されている

状態の可能性が高い。

これは、私自身が新人だったころに、身をもって体験しています。

私は以前、広告代理店でデザインの仕事をしていました。

あるとき賃貸関連のチラシ作りを任されたのですが、私に渡されたのは見本のチラシと「これを参考に作っといて」という一言だけでした。

参考があるので、私にもそれっぽいデザインは作れます。
でも、これで正解なのかは分かりませんでした。

指導役の先輩がいなかったわけではありません。
ただ、その会社は全員が納期に追われていて、先輩も一日中走り回っていました。

タイミングを見て私が聞きに行くと、返ってきたのは「ちょっと待ってね!」。

そこから30分近く、私は何もできずに待機していました。
その30分で私にできたのは、微妙にデザインをいじって「仕事をしている風」を装うことだけでした。

このとき私に足りなかったのは、先輩の熱心な指導ではありません。
「どこまで自分で決めていいのか」という線引きでした。

OJTは「仕事を通じて、必要な知識・技能・態度を教える」というやり方です。
ただOJTは、職場の条件や仕事の中身によってやり方が変わる前提のもので、一様には決められません。

だからこの記事では、正解を押しつけるのではなく、「こう考えると整理しやすい」という距離感で、OJTを“人”ではなく“状態・構造”の話として組み立てています。

この記事を最後まで読むと、次のことが見えてきます。

  • 研修担当者が感じている「なんか変だな」が、どの状態なのかが分かる
  • 原因を新人やベテランの性格に置かずに、打ち手が出せる
  • 「最速で育てる」を、根性ではなく設計で近づけられる
  • いきなり直すのではなく、まず整理して、現場が動ける順番が見える

一つでも気になる部分があれば、ぜひ最後まで読んでみてください。


違和感|「OJTお願いします」が、現場では”丸投げ”に聞こえる瞬間がある

先ほどの私の話は、特別なものではありません。

私は実際に経験し、OJTに関する相談でも、「新人のOJT、現場でお願いします」と伝えただけで、誰が・何を・どこまで教えるのかが決まっていないことがあります。

このように“丸投げ状態”になっている会社はとても多い印象です。

しかし、話を聞いている感じでは、渡す側にも、教える側にも悪気はありません。

ただ、決めるべきことが決まらないまま現場に渡ると、その一言は「お願いします」ではなく「丸投げ」として届いてしまいます。

渡す側は、現場のことを信頼して任せたつもりでいます。

しかし、教える側は、忙しさの中で「何をどこまで教えればいいのか」が分からないまま受け取ります。

そして新人は、聞くタイミングをつかめずに止まります。
私自身がそうでした。

忙しそうな先輩に一度「待ってね」と言われると、次に声をかけるのが申し訳なくなり、聞きたいことがあっても自分の判断で進めてしまう。

聞く勇気がなかったというより、「これは聞いていいことなのか」の基準がなかったのです。

このあたりの「なぜ聞けなくなるのか」は、後ほど原因のところで詳しく見ていきます。

ここでは、誰も悪くないのに全員が少しずつ困っている、という状態だけ押さえておければ十分です。
渡す側も、教える側も、それぞれの場所で少しずつ困っています。

ここで大事なのは、「誰が悪いか」を探すことではありません。「何が起きている状態なのか」を言葉にすることです。


まずは確認|OJTが崩れる原因は「人」より「状態」にある

ここから少し、視点を研修担当者の側に移します。

「新人がなかなか伸びない」と感じるとき、原因を新人だけに求めるのは少し早いかもしれません。

OJTでは、仕事を任せるだけでなく、目標を決め、様子を見ながらフィードバックしていくことも必要です。

実際、OJTに関する相談をいただいた時、教える側の人に簡単な質問フォームを回答してもらうのですが、「どこまで任せていいのか」「どこまで口を出すべきか」が曖昧と回答する割合は多いです。

こうした状態が続くと、やがてこんな言葉が出てきます。

新人に主体性がない
ベテランが教える気がない

実際、そう感じる場面もあると思います。

ただ、原因を性格ややる気だけに置いてしまうと、「では、何を変えればいいのか」が見えにくくなります。

一方で、「今どんな状態になっているのか」と考えると、解決策が見えてきます。

  • どこまで任せるのかを整理する。
  • 教える内容の優先順位を決める。
  • 合格ラインを言葉にする。

こうすれば、研修担当者と現場が一緒に整理できるテーマに変わります。

「誰が悪いか」ではなく、「今どうなっているか」を見る。

ここからの原因①②③も、この視点で見ていきます。


原因の正体①|「何を教えるか」が人によって違う

冒頭で、入社直後に放置されて止まっていた話をしました。
あれは繁忙期のピークとたまたま重なってしまった時期の出来事でした。

ところが、研修期間が終わって忙しさのピークも過ぎたころ、今度は逆の困りごとが出てきました。

放置どころか、教えてくれる人が増えたのに、かえって正解が分からなくなったのです。

人によって言うことが違う。
新人にとっては、これも動けなくなる大きな原因になりました。


教わるほど、正解が分からなくなる

デザイナーとして働き始めたころ、私は先輩から

先輩A

デザイン案は3案つくってから営業に見せる。
1案だと比較できないからね。

と教わっていました。
私はそれを守って、毎回3案をつくっていました。

ところが、現場で一番案件を回している先輩はやり方が違います。

その人は最初から1案に絞り、「この案件ならこの方向で決まりだと思う」と、すぐ営業に見せていました。
しかもそのほうが修正も早く、案件がどんどん進んでいきます。

別の先輩と食事に行った際には

先輩B

途中でデザインを見せると修正が増えるから、ある程度完成させてから見せてるよ。

と言っていました。

どれも、それぞれに理由はありそうでした。

ただ、経験の浅い私には、どの案件で誰のやり方を使えばいいのかまでは分かりませんでした。

ここで大事なのは、誰の教え方が間違っていたか、ではありません。

全員、それぞれの経験からは正しいことを言っています。

問題は、”どのやり方を、どんなときに使うのか”という選ぶ基準が、誰からも共有されていなかったことです。


どう動いても、誰かの基準から外れる

この状態が続くと、何が起きるか。
私はだんだん、自分で決めること自体が不安になっていきました。

3案つくれば「そこまでしなくてよかったのに」と言われる。
1案に絞れば「比較できる案も見たかった」と言われる。
作り込んでから見せれば「この部分の修正をしてほしい」と作業が増える。

こうなると、新人は「動くこと」そのものにリスクを感じ始めます。


だから、新人は確認に逃げる

どう動いても外れるなら、「自分で決めて外すくらいなら、先に聞いたほうがいい」と思うようになります。

依頼を受けても、すぐには手を動かさない。

「今回は何案ですか?」「どの段階で見せますか?」「ここまで進めて大丈夫ですか?」と、ひとつずつ確認しに行くようになりました。

周りから見れば、「もう少し自分で考えて動いてほしい」と映っていたかもしれません。

でも、自分の中では逆でした。

考えていなかったのではなく、考えても判断できる基準が見つからなかった。
だから、失敗しないために確認を増やすしかなかったのです。

一度、上司から「もう少し自分で判断して」と言われたことがありました。
不満が溜まっていた私は、思い切ってこう返しました。

わたし

みんな基準が違うので、自分で判断して違っていたら、やり直しでかえって遠回りになるんです。
だから毎回確認しています。
私みたいに案件ごとに合わせる相手が変わる立場だと、どれが正解なのか分からないんです。

当時の私は若かったですし、生意気だったかもしれません。

でも、これが当時の実感でした。

私が確認を繰り返していたのは、考えていなかったからでも、内気だったからでもなく、”合わせるべき基準”が人によって違っていたからです。


原因の正体②|「どこまで任せていいか」が曖昧

一つ前で見たのは「何を教えるか」がバラついている状態でした。

ここで見るのは、その一歩手前にある「どこまでを新人に任せ、どこからは確認させるか」の線引きが引かれていない状態です。

そして、この線引きがないと、新人は「聞くこと」そのものができなくなっていきます。
違和感のところで後回しにした「なぜ聞けなくなるのか」を、ここで見ていきます。


「また聞くのは申し訳ない」で、自己判断に傾く

冒頭の続きを話します。

30分待ったあと、走り回っていた先輩は、ようやく私のチラシを確認してくれました。

ほっとしたのも束の間、私には確認してもらった直後に、また分からないところが出てきました。

でも、私はもう声をかけられませんでした。
さっき30分待たせてもらって、やっと見てもらったばかりです。

忙しそうな先輩に、またすぐ聞きに行くのは申し訳ない。
そう感じて、私は残りを自分の判断で完成まで持っていきました。

完成したデザインは、幸い少しの修正で済んだようです。

ただ、そのあと納期の都合で別の先輩が仕上げてくれたらしく、私は自分のデザインが最終的にどうなったのかを、はっきりとは知らないままでした。

そして、しばらく同じような作業を繰り返しました。

ここで起きていたことを整理します。

私は「どこまで自分の判断で進めていいのか」を教わっていませんでした。
だから、聞くべきか自分で決めるべきか、その判断まで自分でやるしかなかった。

そして「聞くのは申し訳ない」という気持ちが、その判断を“自己判断で進める”側に傾けたのです。

聞けなかったのは、私が内気だったからではありません。聞いていい範囲も、聞くタイミングも、用意されていなかったからです。


線引きがないと、教える側は「安全」に寄る

この曖昧さは、新人だけの問題ではありません。
教える側にも、同じように重くのしかかります。

新人に任せていい作業と、確認が必要な作業の境界。
ミスが起きたときに、その責任を誰が引き受けるのか。
そもそも、忙しさの中で教える時間を取っていいのか。

こうした線引きが決まっていないと、教える側は安全な方へ寄っていきます。

「まだ任せないほうがいい」「結局、自分でやったほうが早い」。

先輩がそう感じるのは、やる気がないからではなく、線引きがないぶん、任せた結果の責任を引き受けきれないからです。

私を放置していた先輩も、たぶん同じでした。

どこまで私に任せていいか分からないまま、自分の仕事に追われていた。
だから、私のチラシは後回しにするしかなかったのだと思います。


すれ違いは「協力してくれない」に見えてしまう

この状態を研修担当者の側から見ると、また違って見えます。

新人は聞きに来ない。
ベテランは自分で抱える。

すると研修担当者の目には、「現場が新人育成に協力してくれていない」と映ってしまいます。

でも、ここまで見てきたように、実際に起きているのは協力の不足ではありません。

誰に任せ、どこから確認するか、という線引きが共有されていないだけです。

線引きがないから、新人は聞けず、教える側は抱え込む。
その両方が、外からは“非協力”に見えてしまうのです。

つまりこの原因は、姿勢の問題に見えて、その正体は「線引きの不在」という状態の問題なのです。


原因の正体③|教える側の負担が”見えていない”

原因②で、教える側が「安全」に寄ってしまう話をしました。

その背景には、もう一つの見えにくい問題があります。
教える側の負担が、周りから見えていないことです。

OJTは新人のための仕組みのはずなのに、実際には教える側の消耗戦になっている。
そういう職場は、決して珍しくないのだと思います。


教える時間は「仕事の上乗せ」になっている

OJTは、多くの職場で「通常業務のかたわら」で行われます。

教える時間が別枠で確保されているわけではなく、自分の仕事の上に積み増しされる

これが、教える側の最初の負担です。

私が30分待たされたのも、今思えば当然でした。
先輩は意地悪をしていたのではなく、自分の仕事と私の面倒を、一人で同時に抱えていた。

物理的に、すぐ手が回る状態ではなかったのです。


教えても、成果が見えない

さらにつらいのは、これだけ時間を割いても、教える側の成果が見えにくいことです。

自分の案件なら、仕上げれば「終わった」と分かります。

でも新人育成は、教えたからといってすぐ結果が出るわけではありません。

しかも私のケースのように、新人のデザインを最終的に別の先輩が仕上げてしまえば、最初に教えた人の関わりは、なおさら誰の目にも残りません。

時間は取られる。
でも成果は見えない。

この非対称が、教える側の体力と精神を静かにすり減らしていきます。


だから、教える側は守りに入る

時間を上乗せされ、成果も見えず、失敗すれば教えた側が問われる。
この状態が続けば、教える側が守りに入るのは自然なことです。

「新しいことは、まだ任せない」「これは自分でやってしまったほうが早い」。

こうして、新人に任せる範囲はどんどん狭まっていきます。

結果として、新人が経験を積む機会そのものが減り、成長が止まってしまう。

新人が伸びないという結果の裏側で、実は教える側も同じように消耗している。
この両方が見えて、はじめて打ち手が考えられます。


「最速で育てる」ではなく「最速で迷いを減らす」を目指す

ここまで、新人が止まる原因を見てきました。

では、どうすれば新人は動けるようになるのか。
ここで一度、考え方を切り替えます。

新人の成長スピードを決めるのは、教える熱量ではありません。

「迷いの少なさ」です。
私自身が、それをはっきり実感した瞬間がありました。


やり方が「固定」された瞬間、迷いが消えた

上司に「誰々さんのやり方に合わせているだけだ」と伝えたあの後、会社では、私は「3案を出す」やり方に固定されることになりました。

正直に言えば、この固定は、反対する先輩もいました。

先輩B

全部の案件をこの方法にするのは仕事が増えるだけだと思うけど、仕方ないね。

そう言った先輩もいます。
だから、やり方として最善だったかは分かりません。

ただ、私にとって効果はありました。

とにかく3案つくればいい。
そう決まっているだけで、私は手を止めずに動けるようになりました。

たしかに、明らかに3案必要ない場面もあったので面倒ではありました。

しかし、やり方の善し悪し以前に、“選択肢が絞られて迷わなくなった”こと自体が、私を動けるようにしたのです。


動き続けるうちに、「選ぶ条件」が自分で見えてきた

固定されたやり方で数か月、案件をこなし続けているうちに、私の中に変化が起きました。

「あれ、この案件は方向性がもう決まっているから、3案もいらないな」——そんなふうに、以前はわかりにくかったクライアント側の要望も自分で判断できる場面が出てきたのです。

手を止めずに数をこなすうちに、どんなときにどのやり方が合うのか、その条件が自分の中に少しずつ見えてきた。

このことを、先輩も分かっていたのだと思います。

実際、「最初は分かりにくいけど、慣れてきたら判断できるようになるよ」と言われたことがありました。

だからこの会社で働き続けれている人は、みんなそれを信じて、このやり方を続けてきたのでしょう。

ただ、これは“続けられた人”の話でもあります。
慣れる前に、分からないまま不満をためて辞めていった人も、きっと少なくなかったはずです。

私自身、あのとき不満を言葉にせず、心の中にしまい込んだままだったら、判断できるようになる前に辞めていたかもしれません。

経験が教えてくれるのは本当です。
でも、“経験するまで分からない”やり方は、分かるようになる前に人が離れてしまう危うさと、いつも隣り合わせなのです。


「量」ではなく「迷い」を減らすと、経験が積み上がる

この経験が教えてくれたのは、シンプルなことでした。

新人が育つかどうかは、「どれだけ教わったか」より「どれだけ迷わずに動けたか」で決まります。

迷いが消えて手が動くようになると、経験が積み上がる。
その積み上がった経験が、今度は自分で判断する力になる。

逆に、毎回「これでいいですか」と判断を止めなければならない状態だと、どれだけ丁寧に教えても、経験が積み上がりません。

判断を止めている間、新人の手は止まったままで、何も蓄積されないからです。

私が数か月で自分で判断できるようになったのは、教わる量が増えたからではありません。
迷いが消えて、動けるようになったからだと思います。


だから「最速で育てる」より「最速で迷いを減らす」

正直に言えば、「最速で育てる」という言葉は魅力的です。

私も、「誰でも最速で育てる確実な方法」が本当にあるならビジネスとして取り入れたいくらいです。

でも、人間はそれぞれ得意なこともあれば苦手なこともあり、考え方もみんな違います。
だから少なくとも今の私にはそんな方法はわかりません。

今わかっていることは、育てることを急いで詰め込んで、ついてこられる人間もいる。

でも、無理に詰め込んだ結果、「どこまで自分で決めていいか」が分からないまま覚えることになり自分で判断せず、確認を返したほうが安全だと学んでしまう人もいるということ。

かつての私が、まさにそうでした。
そして教える側も、「これだけ教えたのに」とすり減っていきます。

だから、私が思う目指してほしい形は、教える量を増やすことではありません。

「最速で育てる」ではなく、「最速で迷いを減らす」。

迷いが減れば、新人は動けます。
動けば、経験が増えます。
そして経験が増えた結果として、新人は自分で判断できるようになっていきます。

順番が、逆なのです。

育ててから動かすのではなく、迷いを消して動けるようにすることが、結果的に一番の近道になるのだと私は考えています。


改善策の入口|いきなり直さない。まず「見える化」と「線引き」から始めてみる

前のパートで、「経験すれば分かる」には限界がある、という話をしました。

慣れるまで動き続けられた人は自分で判断できるようになる。
でも、そこにたどり着く前に、迷ったまま離れていく人もいます。

だとすれば、目指したいのは「経験する前に、迷いを減らしておくこと」です。

私が数か月かけてようやくたどり着いた“選ぶ条件”を、最初から少しでも見える形にしておけないか、ということです。

ここで一つだけ、先に言っておきたいことがあります。

改善は、熱のこもった研修を新しく足すことではありません。
まず、現場のモヤモヤを紙に出すところから始まります。

そう言うと拍子抜けするかもしれませんが、私自身の経験から言えるのは、迷いは頭の中にあるうちは誰にも見えない、ということです。

私が「どのやり方が正解か分からない」と抱えていたあいだ、その迷いは私の中だけにあって、先輩にも上司にも見えていませんでした。

見えていないものは、直しようがありません。

だから、最初の一歩は「揃える」ことでも「正す」ことでもありません。

ベテランごとの教え方を、いきなり統一しなくて大丈夫です。

どのやり方が正解か、不正解かを決め直す必要もありません。

まずは、それぞれが「どこで迷っているのか」「どこで止まっているのか」を、外に出して見えるようにする。
そこから始めます。

順番としては、次の三つで考えていきます。

  • ベテランそれぞれのやり方を集める。
  • 合格ラインを一枚にする。
  • 教える順番を決める。

この順に、一つずつ見ていきます。


現場で使えるOJTテンプレ①|まずは「ベテランそれぞれのやり方」を集めるだけでいい

最初の一歩は、集めることです。
揃えることでも、正すことでもありません。

思い出してほしいのですが、私を混乱させたのは、先輩たちのやり方がバラバラだったことでした。

3案つくる人、1案に絞る人、完成させてから見せる人。

当時の私には、それが「正解の分からない、ただの矛盾」に見えていました。

でも今振り返ると、あのバラバラは、集めて並べさえすれば、別の見え方ができたはずのものでした。


バラバラなやり方は、正すのではなく「並べる」

当時の私に足りなかったのは、どれか一つに揃えてもらうことではありませんでした。

「この人はこういうとき3案、あの人はこういうとき1案」と、それぞれのやり方を、判断の場面つきで一覧にしてもらうことでした。

やり方が3つあること自体は、悪いことではありません。

問題だったのは、その3つが、誰の頭の中にもバラバラに散らばったままで、一度も並べて見比べられなかったことです。

だから、最初にやることは統一ではありません。

まずは、現場で実際に行われているやり方を、そのまま外に出して並べる。
それだけで、

これはやり方が3つあるのではなく、”使い分けの条件”が3つ隠れているだけかもしれない

と、見え方が変わってきます。


集めるときは、この四つを具体的に聞く

抽象的に「やり方を教えて」と聞いても、なかなか出てきません。

集めるときは、具体的な場面に沿って聞くのがコツです。

たとえば、私がやっていたチラシのデザイン制作なら、こう聞いていきます。

  • デザインに入るとき、まず何案つくるか。
  • 営業には、どの段階で見せるか。
  • 「ここは崩すな」と念を押すのはどこか。
  • 「ここまでできたら合格」と思うのはどのラインか。
  • 新人がつまずくのは、決まってどの場面か。

この質問は、デザインに限った話ではありません。

業種や作業が変わっても、「最初に何を決めるか」「どこまでできたら合格か」「どこでつまずくか」を聞いていく形は同じです。

ご自身の現場の作業に置き換えて考えてみてください。

この段階では、どのやり方が正しいかは、まだ決めません。
正解を選ぶのは次の段階の仕事です。

ここでは、それぞれのベテランが実際にやっていることを、そのまま書き出してもらうだけで十分です。


現場で使えるOJTテンプレ②|次に「合格ライン」を一枚にする

やり方を集めて並べたら、次は、そこから「合格ライン」を一枚にまとめます。

OJTで揉めるのは、たいてい“合格の定義”が人によって違うからです。

同じ仕事を見て、ある人は「これで十分」と言い、別の人は「まだ足りない」と言う。

新人は、その間で立ち尽くします。

かつての私が、どう動いても誰かの基準から外れて確認に逃げていったのも、突き詰めれば、合格ラインが一枚になっていなかったからでした。


「正解」ではなく「こういうときはこれ」を並べる

ここで大事なのは、3つのやり方から一つの正解を選ぶことではありません。

私を混乱させた3つのやり方を、今の視点で並べ直すと、こう整理できます。

  • 方向性が決まっている案件なら1案でいい。
  • まだ迷っている案件なら、ラフを複数出す。
  • ほぼ固まっているなら、ある程度つくってから見せる。

こうして並べてみると、当時なぜこの説明が誰からもなかったのか、そして、なぜ自分自身で気づけなかったのか、不思議に思えてきます。

でも、裏を返せばこういうことです。

数か月やってようやく気づいた私が、新人のころに自力で気づけるはずはありませんでした。
だからこそ、この条件は、本人が経験で掴むのを待つのではなく、最初から一枚の紙にして渡せたはずなのです。

新人に必要なのは、たくさんの答えではありません。「この場面ではこれ」とたどれる、一枚の地図です。


合格ラインは、三つの段階で書く

とはいえ、いきなり全部を条件分けするのは大変です。
まずは、立派な文章でなくて構いません。

現場用のメモで十分なので、次の三段階で線を引きます。

一人でやってOKな状態。
たとえば、チェック項目を見ながらなら一人で仕上げてよい、というライン。

次に、確認してから進める状態。
たとえば、顧客に影響が出る変更は必ず一声かける、というライン。

最後に、絶対にやってはいけないこと。
たとえば、判断に迷ったのを黙って進める、勝手に納期を動かす、といったライン。

この三つが一枚にまとまっているだけで、新人は「どこまでが自分の裁量か」を最初から知ることができます。


線を引く目的は、縛ることではない

一つだけ、注意したいことがあります。

この合格ラインは、ベテランを評価したり、縛ったりするためのものではありません。

目的は、新人が迷わず動けるようにすることです。

ここを取り違えて、「できているかチェックするもの」として使うと、ベテランは本音を出さなくなり、せっかく集めたやり方も痩せていきます。

線を引くのは、新人のためです。

この一枚があれば、新人は“誰かの機嫌”ではなく“共有された基準”を見て動けるようになります。


現場で使えるOJTテンプレ③|「教える順番」を決める。全部は教えない

合格ラインが一枚になったら、最後は「渡す順番」です。

ここは、私の体験談よりも、手順そのものを見てもらうほうが早いと思います。

一つだけ先に言っておくと、放置されて最低限すら渡されなかった私も、3人分のやり方を一度に浴びて混乱した私も、つまずいた理由は同じでした。

渡される量と順番が、決まっていなかったことです。
少なすぎても、多すぎても、新人は止まります。


全部を一度に渡すと、新人は固まる

教える側が親切であろうとするほど、陥りやすい失敗があります。

それは最初に、全部を渡そうとしてしまうことです。

全体像、注意点、例外、過去の事故。

良かれと思って一度に伝えると、新人は情報の量に飲み込まれて、かえって動けなくなります。

どれが今すぐ必要で、どれは後回しでいいのか、その区別がつかないからです。

親切さの問題ではありません。
渡す順番が決まっていないと、教える側はつい「知っていること全部」を渡してしまう。

それだけのことです。


順番は、三段階に切る

そこで、渡す順番をあらかじめ三段階に分けておきます。

まず、安全に回すための最低限

もしミスをしても、社内で止まる範囲のことです。

ここを最初に渡せば、新人は「大事故にはならない」という安心の中で動き始められます。

次に、品質を上げるコツ

スピードや、判断の精度に関わる部分です。
最低限で動けるようになってから、ここを足していきます。

最後に、例外への対応

急ぎの案件、トラブル、イレギュラーな判断など、頻度は低いけれど難しいものを、いちばん後に回します。


「全部教える」より「動ける範囲を渡す」

この三段階は、一度に全部を教えるためのものではありません。
むしろ逆で、「今はここまででいい」という線を引くための順番です。

  • まずは、新人が止まらずに動ける最低限を渡す。
  • そこで一度、実際に動いてもらう。
  • 動けるようになったら、次の段階を渡す。

この繰り返しのほうが、結果として現場は回りやすくなります。

前に、迷いが消えて手が動くようになると経験が積み上がる、という話をしました。

順番を区切って渡すのは、その“動ける状態”を、最初から小さくつくってあげることでもあります。

全部を渡して固まらせるより、動ける範囲を渡して回してもらう。
そのほうが、新人も教える側も、ずっと楽になります。


現場で使えるOJTテンプレ|研修担当者が持てる「整理シート」にまとめる

ここまでの三つ——

  • やり方を集める
  • 合格ラインを一枚にする
  • 教える順番を決める

を、最後に一枚にまとめます。

口頭だけで話していると、「言った・言っていない」になったり、忙しさの中で流れてしまったりします。

紙が一枚あるだけで、「ここまでは決まっている」という前提を、現場と共有しやすくなります。

そして、このシートがあることの一番の意味は、研修担当者が現場の迷いを“引き取れる”ことです。
現場に丸投げするのではなく、迷いを紙の上に移して、一緒に整理する。その入り口になります。

大げさなものは要りません。A4一枚で十分です。


OJT整理シート(例)

  • 対象業務:例)チラシのデザイン制作
  • 目的:例)方向性からずれずに、納期内で仕上げる
  • 合格ライン:例)チェック項目を見ながらなら、一人で仕上げてよい
  • 確認してから進めること:例)顧客に影響が出る変更は、必ず一声かける
  • 絶対にやらないこと:例)判断に迷ったのを黙って進める、勝手に納期を動かす
  • つまずきポイント:例)方向性が決まっていない案件で、何案出すか迷って止まる
  • 教える順番:まず最低限 → 次に品質 → 最後に例外
  • 確認のタイミング:例)初週は毎日15分、二週目は隔日

このシートは、現場を管理するための道具ではありません。
新人の迷いを減らすための道具です。

もし、これが「できているかをチェックされる紙」「守れていないと指摘される紙」として現場に伝わってしまうと、ベテランは本音を出さなくなり、新人は「確認を返す」ほうへ戻っていきます。

結局、せっかく見えかけた迷いが、また見えなくなってしまう。

だから、渡すときの一言が大事です。

「評価するためではなく、新人が迷わないように、一緒に線を引きたい」。

その姿勢さえ共有できていれば、この一枚は、現場の味方になってくれます。


よくある正論|「新人が自分で考えないと」は正しい。でも、現場で効かない理由がある

ここまで読んで、それでもこう思う人はいると思います。

研修担当

とはいえ、最後は新人が自分で考えないとダメでしょう

その通りです。

この記事は、その正論を否定するものではありません。

現場でよく聞く正論を、いくつか挙げてみます。

  • 新人が自分で考えて動いてほしい。
  • 分からないなら聞いてほしい。
  • 主体性を持ってほしい。

どれも正しいです。

私も、教える立場になった今なら、同じことを思ってしまいます。

ただ、この正論が現場で空回りする理由は、はっきりしています。
それは、新人が「自分で考えていい範囲」を知らないからです。

「自分で考えて」と言われても、考えた結果がどこかの正解から外れるなら、考えるほど動けなくなります。

「聞いてほしい」と言われても、聞いていい範囲もタイミングも分からなければ、聞くこと自体が怖くなります。

だから、正論を捨てる必要はありません。
捨てるのではなく、その正論が動き出すための前提を、先に用意すればいいのです。

前提とは、これまで見てきた合格ラインであり、任せる範囲の線引きです。

「ここまでは自分で決めていい」「ここからは相談」。

その線が引かれて初めて、「自分で考えて動く」という正論は、新人の中で実際に動き出します。

正論は、正しいから効くのではありません。効く前提が整っているときに、初めて効くのです。


OJTを回すコツ|研修担当者が「現場の通訳」になる

最後に、研修担当者ができることを整理します。

現場は忙しく、細かく教える時間が取れません。
新人は遠慮して、なかなか踏み込んで聞けません。
ベテランは、言葉にしなくても分かる前提で、経験から話します。

この三者の間には、どうしても“翻訳されていない言葉”が溜まっていきます。

そこで研修担当者が引き受けられるのが、通訳の役割です。
やることは、大きく三つあります。


役割①|現場の言葉を「判断ルール」に翻訳する

現場では、善意から、こんな言い方がよく使われます。

そこは臨機応変で
ケースバイケースだから

言っている本人は、経験があるので、それで通じます。

でも、経験の浅い新人には、「臨機応変」がどの場面のどの判断を指すのか、まだ分かりません。

ここで研修担当者が、その言葉を新人にも使える形に置き換えます。

「臨機応変で」を、

  • 顧客に影響が出るときは、進める前に一声かける
  • 社内で止まる範囲なら、まず自分でやってみてOK

というように、判断できる形にほどいていく。

現場の善意は、そのままでは新人に届きません。

判断の形に翻訳されて、はじめて新人が動ける材料になります。


役割②|ベテランのやり方を「統一」ではなく「共通部分」でそろえる

ここで、一つ気をつけたいことがあります。

「バラバラなら、一つに統一すればいい」と考えたくなりますが、それは、たいていうまくいきません。

私自身が、それを経験しました。

私が混乱した末に、会社は「3案で統一」と決めました。

おかげで私の迷いは消えましたが、そのやり方に反対だった先輩には、「これは仕事が増えるだけだ」という無理が、最後まで残りました。

一つに縛ると、迷う人は減っても、どこかに必ずしわ寄せがいくのです。

だから、目指したいのは全部を揃えることではありません。
やり方は人によって違っていい。

ただ、「これだけは全員で守る」という共通のラインを、一本だけ通す。

たとえば、進め方は各自の流儀のままでも、「顧客に影響が出る判断は、必ず一声かける」という一点さえ共有されていれば、大きな事故は防げます。

全部を揃えるのではなく、外してはいけない一線だけをそろえる。
そのほうが、現場は無理なく回ります。


役割③|確認の場を「指導が入らない段階」で設計する

もう一つ、研修担当者が用意できるのが、確認の場です。

ただ、この場を「ちゃんとできたか」「できるようになったか」を問う場にすると、うまくいきません。

詰められる場だと感じた瞬間、現場は本音を出さなくなり、いちばん知りたい“つまずきの事実”が上がってこなくなります。

そうではなく、「どこで止まったか」「どこで迷ったか」を、評価せずに出してもらう場にします。

できたかどうかではなく、迷った場所を集める。
それだけで、次に何を線引きすればいいかが見えてきます。

そして、この場をあらかじめ決めておくこと自体に、意味があります。

私が新人のころ、聞きたいことがあっても「また声をかけるのは申し訳ない」と飲み込んでしまったのは、聞くタイミングが、どこにも用意されていなかったからでした。

「初週は毎日15分」でも「一日の終わりに5分」でもかまいません。

聞く場が最初から予定として置かれていれば、新人は”申し訳なさ”を感じずに、迷いを言葉にできます。

タイミングを新人任せにしない。
それだけで、飲み込まれていた迷いが、拾えるようになります。


まとめ|OJTは「教え方」より「迷いを減らす整理」で回りはじめる

最後に、ここまでの話を短くまとめます。

OJTがうまくいかないとき、原因は「人」ではなく「迷う状態」にあることが多いです。

新人が動けないのも、ベテランが抱え込むのも、性格ややる気ではなく、線が引かれていないことから起きています。

だから、目指したいのは「最速で育てる」ことではなく、「最速で迷いを減らす」ことです。

迷いが消えれば新人は動け、動けば経験が積み上がり、その結果として、自分で判断できるようになっていきます。

そのための改善は、いきなり全部を統一することではありません。

まず、それぞれのやり方を集めて並べ、合格ラインを一枚にし、教える順番を区切る。
頭の中にあった迷いを、紙の上に出すところから始まります。

そして研修担当者は、現場に丸投げする人ではなく、現場の言葉を新人が動ける形に翻訳する”通訳”になれます。

全部を揃えなくていい。

外してはいけない一線だけを共有して、迷いを言葉にできる場を用意する。
それだけで、現場は少しずつ回りはじめます。


研修の「線引き」、一度いっしょに整理してみませんか

最後にお伝えしたことは、シンプルでした。「迷いが起きるポイントを、一つだけ紙に落とす」。

ただ、いざやってみると、これが一人ではなかなか難しいものです。

どこまでを新人に任せるか。どこからは確認してもらうか。
何を最初に教えて、何を後に回すか。

毎日現場を回していると、当たり前になりすぎて、かえって言葉にしづらくなります。

その結果、「伝えたつもりだった」「なのに、現場で行動が変わらなかった」という声を、私もよく聞きます。

この記事で書いてきた”迷いの放置”は、多くの場合、誰かの怠慢ではなく、ただ整理する時間が取れていないだけです。

テンツキでは、その「整理する時間」を一緒に持つところから、お手伝いしています。

  • 何を教えるか
  • どこまで任せるか
  • どこで確認するか

この三つを、今の現場の言葉に合わせて一枚に落とすお手伝いです。

立派な研修プログラムを新しく作る前に、まず「迷いが起きている場所」を見えるようにするところから始めます。

まだ具体的に決まっていなくても、まったく問題ありません。

「うちのOJT、なんだかうまく回っていない気がする」。そう感じた時点で、見直しを始めるには十分なタイミングです。

まずは30分、今の状況を言葉にするところからご一緒します。お気軽にご相談ください。

形式
オンライン

所要時間
30分

費用
無料

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この記事を書いた人

中小企業の研修設計・研修動画制作を専門としています。
研修担当者の「何を教えればいいかわからない」という悩みから一緒に整理し、現場で使える研修づくりをサポートしています。

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